「人魚」と聞いてまず連想するのは、
ディズニー映画の「人魚姫」だ。
きれいな女性の姿をした上半身と、下半身は魚の尾びれという姿だ。
だが実際に目撃されている人魚は、この姿とは程遠い。
例えば1960年代にフランスで目撃された人魚は、上半身がうろこに覆われており、映画に出てくる魔人のような姿だったとある。
日本にもそういった例がわずかだがある。
だがその話、信じるか信じないかは本人しだいだ。
私がディズニー映画でイメージする幻想的なファンタジー風とはかなり違う話だ。
「人魚の秘密」
石垣島(沖縄の歴史・伝説)
「何だ。この魚は!人の出来損ないのような格好をしているな。」
1771年4月23日朝の事です。
現在の沖縄県、石垣島の東海岸にある野原村(ぬばれむら)の人たちが岬の下のサンゴ礁の海で漁をしていると今まで見た事もない不思議な魚が網にかかりました。
体の長さは2m近くあります。
上半身が人間そっくりで、白い胸元のヒレの間にふっくらとふくらんだおっぱいもあります。
長い馬の顔を短く押しつぶしたような、おかしな顔をしています。
そして口の周りには猫のようなひげもあります。
「ここしばらく海が荒れておったからな。どこか海の深いところから迷い出たのかもしれないな。」
「馬が海へ入って魚となったのと違うか。海にはおかしな生き物がたくさん住んでおるわ。」
「全くだな。」
村の人たちはそう言っていぶかしがっていましたが、尾びれもあるし、魚に違いないから食べられるだろうと、その大きな獲物を戸板にのせて、みんなで村へ運んでいきました。
そして物知りの老人の所へ行って訪ねたのです。
すると老人は、「これはザンの魚(人魚)だ。
ザンの魚の肉はな、えらい王様達の不老長寿の薬だというぞ。ザンの魚の肉をよく煮た汁は、安産の薬だというぞ。ザンの魚の肉が食べられるとは嬉しい事だ。」と目を輝かせて言うのでした。
その頃、沖縄は琉球王国という時代でした。
歴史の教科書では沖縄は、中継貿易で栄え、武器(戦争)を使わず平和な暮らしをしていました。
当時の王様は、人魚の肉を珍重していました。
八重山諸島の島々のうちでも、新城島の近くの海底には、人魚の好きな海菖蒲がたくさんあるので、人魚がよく食べにやってきていました。
そこで王国(王府=現在の日本政府)では、新城島の人たちに命じて、人魚をとらせ、その肉の塩漬けや、干物にして、年貢として納めさせていたのです。
~文 省略 ~
ちょうどその場に居合わせた5人の男達の耳に不思議な声が聞こえてきたのです。
「たくさんの人が死ぬ。たくさんの人が死にます。」
その声はその空の遥かな高みから聞こえる仙人の声のようでありました。
いや、神がのりうつったノロ(巫女)のような声のようでありました。
男達はびっくりしてたちすくむと、お互いの顔を見つめあいました。
「今不思議な声が聞こえなかったか」
「聞こえた。聞こえた。たしかに「たくさんの人が死ぬ」と俺の耳には聞こえたぞ。」
~文 省略~
するといつの間にか向こうの木の下に小さな男の子が立っていて、その子が「ザンの魚が何か言っておる」と男達に言ったのです。
男達は急いで人魚のところへ駆け寄りました。
~文 省略~
「おねがいです。おねがいです。」
人魚はゆっくり口を動かして何かを一心に訴え始めました。
しかし不思議な事に人魚が語り始めると、幾重にも人垣をつくって人魚を覗き込んでいる村の人たちは、いっせいにもぞもぞし始め、青い空を見上げたり、きょろきょろあたりを見回し始めたのです。
それもそのはずです。人魚の声は目の前にいる人魚の口からは聞こえません。
人魚の声は、たくさんのかめやつぼ、大きな鍋、周りの木々にこだまして、そこから苦しい息づかいと共に聞こえてくるのでした。
「ほら・・・・きこえるでしょう。かわいい、私の赤ちゃんの泣く声です。あの子はおっぱいを欲しがって泣いているのです。お願いです。お願いです。私を海へ戻してください。」
~文 省略~
「たくさんの人が死ぬとはどういう事ですかね。」
人魚はしばらく黙っていましたが、また小さな声で
「私を助けてください。そしたら恐ろしい海の秘密を教えましょう。」と答えたのです。
「ザンの魚はやはり魚ではない。神様の使いなのだ!!!
だから人の言葉を話すのだ。殺して肉など食べたら、どんなばちがあたるかわからないぞ。海へ逃がしてやったほうがいい。」
~文 省略~
人々は、人魚を逃がしてあげました。
人魚はくるりと体をかえし、水の中から顔を上げて、静かに語りだしました。
「明日の朝です。おそろしいナン(津波)が島を襲います。みんな山へお逃げなさい。」
その声はやはり人魚の口からは聞こえませんでした。
あたりの岩や波かしらにこだまして、そこからまぶしい光と一緒に聞こえてきましたが、人魚の話を聞いてびっくりした村の人たちがまた目を人魚のほうへ移した時、人魚の姿はもうありませんでした。
人魚の姿はかき消すようにして青い波間に消えてそこだけ光のくずが揺れていました。
(その後の話)
→その後、その話を信じた野原村の人々は助かったが、白保村という大きな村の人々は信じなかったため、村ごと波に呑まれてしまった。
津波の直撃を受けた白保村にはなんと85.5mという信じられないような高い山の上まで津波がおしあがり、村は一瞬のうちに全滅。
1574名の村人のうち、生き残ったのは男21名、女7名だけでした。
こうして津波は島全体を水浸しにし、島の人口の半分にあたる8700名もの命を奪ったのです。
「ザンの話を信じて、あの時村々に知らせてくれれば、こんなひどい事にはならなかったのだ。」
一人の犠牲者も出さなかった野原村の人達は、白保村の役人の仕打ちに憤っていましたが、今となっては後の祭りです。
その後、野原村の人達は、白保村に帰って生き残ったわずかな人たちと一緒に村を建て直しましたが、野原村の人たちに助けられた人魚は、それからも野原村の人たちを慕って、時々、白保村の沖の海に現れるようになりました。
これで話はおしまい。めでたし。めでたし。
(最後の1文はコピーではありません。)
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